2021年1月 リーダーの決断と実行する組織
数年前、米国ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「白熱教室」が話題になったが、その講義の中で「トロッコ問題」を取り上げた。
トロッコ問題とは「正義とは何か?」を問う哲学問題である。
「暴走する路面電車の前方に5人の作業員がいる。このままいくと電車は5人を轢き殺してしまう。一方、電車の進路を変えて退避線に入ればその先にいる1人の人間を轢き殺してしまう。さてどうすべきか?」
つまり「5人を救うために1人を犠牲にすることは許されるか?」というもの。
(電車は止められず線路上の人たちは逃げられないとする。)
この「トロッコ問題」は女性学者のフィリッパ・フット教授(2010年90歳で死去)が今から約50年前の1967年に考案した思考実験で、当時、雑誌に掲載され大反響を呼んだという。今でも議論が続き色褪せることのないこの「トロッコ問題」。その理由は何だろうか。
思うにそれは明確な答えがないからである。(それが哲学なのですが)
現代社会は多種多様な価値観が複雑に絡みあい、そして繊細で脆い人間の心がお互いを支え合って成り立っている。その不安定かつ深遠な社会で、正義の定義も刻一刻と変化している。正解が後年になって実は不正解になることもある。
先述のマイケル・サンデル教授は「白熱教室」の中でこの哲学問題について答えは示していない。それどころか自分の意見も言っていない。学生に対し答えのない問題を提起し、責任も取らないというのはいかにも学者風情だが、本質により深く迫ろうする哲学問題だからこそ、人の心に何かを響かせて議論は続いていくだろう。
閑話休題。
リーダーの重要な仕事の一つは「決断すること」であると言われている。
私も一経営者として、毎日、多くの決断をしている。その決断が正しかったのかどうかはすぐにわかる場合もあれば、後になってからしかわからないこともある。しかし私は「決断する」ことの重要性は、決断そのものではなくその決断を受け入れて実行してくれる組織があるかどうかだと思う。
リーダーを心から信頼し尊敬している組織はリーダーの決断が正しいか間違っているかジャッジしない。結果がどうであれリーダーに従い実行する。
また驚くことに信頼しているリーダーが間違った決断をした場合であっても、熱意を持った組織は責任転嫁することなく、修正するのも早い。そして最後には正解にたどり着く。
信頼されていないリーダーは正しい決断をしても組織は真摯に実行しない。何かと言い訳をし実行したフリをする。当然、成功しない。諦めるのも早い。
決断することは経営者の重要な仕事である。しかし大前提として、その決断を心から信用し実行する組織があってこそ初めてその決断は意味をなすのである。
哲学は実行がない。しかし現実世界では常に答えを出さなくてはいけない。リーダーの決断が正しいかどうか。それは実行する組織で決まる。心から信頼できるリーダーの決断は常に正しい方向へ行く。信頼できないリーダー決断は常に間違った方向へ行く。リーダーとは組織の質そのものなのである。
さて2度目となる緊急事態宣言が発令された。1月13日には対象区域が一都三県になり、その後、愛知や岐阜を含む7府県が追加された。今回は飲食店の営業時間を20時までとする営業時間短縮要請や、出勤者数の7割削減をめざした在宅勤務や交代勤務の徹底などを求めている。期間は2月7日までで、その期間はビジネス関係者の往来を含め外国人の入国を全面的に停止とした。
感染拡大の抑え込みとして政府は決断をした。しかし私見だが今回は前回と違って簡単に感染拡大は沈静化しないと思う。もちろん国民が経験の履歴を重ねてきたこともあるが、国民が政府そのものを信用していないからである。前首相の安倍さんの言葉は軽かった。現首相の管さんは弱々しくてか細い。心にも響かないし届いてこない。
ナポレオンは「リーダーとは希望を配る人のことだ」と言葉を残している。
平時ではリーダーシップは試されない。しかし難局にそれは試される。
リーダーが常に信頼できる人で、夢と希望を与えてくれる人なら私たちは最後まで望みを求め共に戦う。しかし信頼できないリーダーであれば、共に沈没するのは真っ平御免と足早にその場を立ち去るだろう。さて日本のリーダーどうだろうか。
誰も経験のしたことのないこの難局。国民が求めているのは正しい決断ではない。心から尊敬でき信頼できるリーダーなのかもしれない。
KUMODE